弱い日本の強い円/佐々木融


日本銀行JPモルガンチェースにおいて金融業務の経験を積んだ筆者が、円の強さを中心として、為替相場の基本を書いた本。
特に円高になる原因として、ニュースで普段語られているような国力や人口減少が無関係であること、また円の動きを理解するためにはドル/円だけでなく、他の通貨との関係(クロス円取引)をも把握する必要があること、介入には実質的な効果が期待できないこと等、普段耳慣れてはいるものの、仕組みを理解していなかった事柄について説明がされている。
経済の一般知識として、為替相場を理解するに当たって、読んでみるのは面白いだろう。


【目次】
まえがき
第1章 円高と円安 その本質を理解する。
第2章 為替の市場とはどんなところか ディーリング・ルームで行われていること
第3章 国力が為替相場を決めるわけではない 長期的な為替相場変動の要因
第4章 円に買われる理由などいらない 中期的な為替相場変動の要因
第5章 強い雇用統計で売られるドル 短期的な為替相場変動の要因
第6章 米ドルは最弱通貨
第7章 米金利が下落すると円高になる 金利の動きと為替相場の関係
第8章 介入で「円安誘導」などできない 介入のメカニズムと効果
第9章 「対米ドル」相場一辺倒の時代は終わった これからの為替市場と政策課題
あとがき

【抜粋】
<第1章>

  • 「78円10銭から15銭で取引されている」の意味は得るなら78円10銭で売れ、買うなら78円15銭で買える、ということ。
  • 為替相場はクロス円(対米ドル以外の円相場)の動きが理解できて、初めて理解できたと言える。(円が高くなっているのではなく、ドルが安くなることで相対的に高くなっているだけかもしれない。)
  • 為替相場の基本的な変動パターンとして、世界的に株価が上昇するような市場環境課では、円と米ドルが両方とも弱い通貨となる傾向がある。世界的株価上昇時の通貨の強さは以下の順序となるとおり。(下落時は真逆)
    1. 豪ドル
    2. ニュージーランドドル
    3. カナダドル
    4. 英ポンド
    5. スイスフラン
    6. ユーロ
    7. 米ドル

  • 日本は短期・長期ともに金利が低水準であり、金融資本市場が大きく資金調達が行いやすいことから、世界的な株価上昇時には、日本国内の豊富な資金が投資に向けられるほか、海外投資家が調達コストの安い円を借りて投資を行うので、円がもっとも売られ、弱くなる。
  • 財政赤字拡大が円安につながることは考えづらい。日本は債券保有者がほとんど国内にいるためである。財政赤字が拡大し続けた場合に想定されるのは以下の流れ。
    1. 財政赤字拡大懸念で日本の長期金利が大きく上昇する
    2. その結果、国内機関投資家が対外債券投資を手仕舞い、国内へ資金を回帰する(この過程で円高になる)
    3. それでもなお日本の長期金利が上昇すると海外投資家が日本国債を購入する
    4. それでも懸念が止まらず長期金利が上昇し、海外投資家が逃げ出したとき、円安になる
<第3章>
  • 人口減少は通貨の強さには関係ない。人口が減少することと円が売られることには相関関係がない。
  • 国力は通貨の強さには関係ない。1990年から2010年までの20年間で最弱の通貨は米ドル、最強の通過は円。
  • 長期で見たときに、通貨の強さと関係するのは物価。日本は物価が上昇していないため、物価上昇が起きている国と比較して、通貨が強くなっている。
  • 日本の現状は「デフレ」か。物価は上昇しておらず横ばいとなっており、これは単に物価が安定していた、とも考えられる。
<第4章>
  • 中期的な為替相場の変動要因として重要なのは、以下の4点。
    1. 貿易に関連した資金の流れ
    2. 証券投資に関連した資金の流れ
    3. 直接投資に関連した資金の流れ
    4. これらの資金の流れがヘッジ付きかどうか
  • 米ドルには売られる理由はいらない。米国は経常赤字国であり、取引結果として米ドルが売られる。
  • 震災後、円安にはならなかったのはなぜか。
    1. 日本は資金の受け手であり、逃げ出すような海外の資金はほとんど入ってきていない
    2. 日本は経常黒字国であるため、国内投資家が投資を控えるようになると円高圧力がかかる。
    3. 日本は債権国であるため、国内投資家が海外資産を手仕舞いすることで円高になる。
    4. ジョージ・ソロスが英ポンドを暴落させたのではなく、暴落に先んじてソロスは売っただけではないか。
<第5章>
  • 相場を理解するのに必要なのは市場関係者の相場観ではなく、顧客からの経済情報。
  • 休日にはドル/円は下落する傾向にある。それは円を買う側は、リーブオーダーを出してでも買おうとするが、売る側はリーブオーダーを出してまで売ることはないというスタンスの違いがあるため。
<第6章>
  • 経常収支には、貿易収支、サービス収支、所得収支、経常移転収支に分けられる。所得収支の赤字国については当該国の通貨は必ずしも売られないが、貿易収支の赤字国の通貨は売られる。
  • どの国にとっても商品を売り込むことを考えると、自国通貨は弱めに設定されていることが望ましい。そんな中でも弱いことによって懸念されるのは以下の3点。
    1. インフレ懸念が高まる
    2. 長期金利が上昇する(債券価格が下落する)
    3. 株価が下落する
  • 米国が強いドルを支持すると公言するのは、米ドルは基本的に弱く下落することから、バランスをとる必要があるため。
<第7章>
  • 量的緩和政策は金利を下げること以外では円安に寄与することは実務的にない。
<第8章>
  • 国が介入しても効果を上げられない理由は以下の3点。
    1. わかりやすい動きをするので注目が集まる
    2. ボラティリティが低下するのでポジションを大きくしやすくなる
    3. 流動性を提供するのでそこに需要が集まる
  • 日本ではSWFが作れない。その理由は以下の3点。
    1. 日本の外貨準備高はウェルスではなく、借金
    2. 100兆円を運用することはできない
    3. 有能なファンドマネジャーを雇うには金がかかる
<第9章>
  • 米ドル/円相場が上昇しても減益になるのは輸出企業のうち6割程度。輸入企業の存在を考えればプラスともいえる。
  • 円安は収益に寄与するが、それは米ドルに対してというよりも韓国ウォンや中国元。
  • 金価格の上昇はペーパーマネーへの信認が失われていることのあらわれ。