ファイナンシャルマネジメント/ロバート・C・ヒギンス
ファイナンスの教科書的な本。
読みやすいというほどではないが、カバー範囲は広く、財務諸表分析に関するところから、投資機会の評価まで記載されている。
ただし、財務諸表分析やバリュエーションといった個別の議題については、それぞれ別の書籍でも内容を抑えておく必要があるだろう。
ただ、ファイナンスの全体像として、基本となる知識がどの範囲なのかという点をまず抑えるという意味では良いと思う。
【目次】
第1部 企業の財務的な健全性の評価
第2部 将来の財務業績の計画策定
第3部 事業を運営するための資金調達
第4部 投資機会の評価
【概要】
第1部 企業の財務的な健全性の評価
第1章 財務諸表の解釈
- 株主資本とは、株主がその企業に対して行った投資の価値を会計上見積もったもの。住宅所有者の純資産がその家の価値からローンの残高を差し引いたものであるのと同様
- ウォーレンバフェットによれば、EBITDAを利益と同等に扱うことは、今後何かに置き換えたり、手を加えたり、修理したりする必要がなく、永久に最先端だと仮定するに等しい。
- 研究開発費用やマーケティング費用の効果は、その大きさや期間を見積もるのが難しいため、通常は発生した年度に全額を営業費用として計上する
- 損益計算書は、CFではなく発生主義に基づいている点、会計期間中の販売にかかわるCFだけを計上する点の2点から不完全といえる
- オプションの企業にとっての税務上の効果として、企業はオプションの行使が可能な期間中、キャッシュを支払うことがないにもかかわらず、同額の損金算入を主張する権利を持つ
- CFは信頼できる指標だが、2点の問題点がある。営業活動によるCFが低い、マイナスであるからといって業績が悪いことを示すわけではない点、CFは必ずしも客観的ではなく操作に影響されないわけではない点の2点。(例えば、製品販売時に掛売する企業と、顧客に対して融資を行う企業では、営業活動によるCFは変わってしまう)
- 現金収入(純CF)は、利益とは別に事業が生み出すキャッシュを測定することを目的としている。この問題点は、流動資産と流動負債のどちらも事業活動とは関係ないもの、あるいは期間中に変化しないものと暗に仮定している点。
- FCFは、営業活動によるキャッシュフローから資本的支出を引いたもの(事業を創出するための再投資された資本的支出も考慮に入れている)
- 会計上は資産の値上がり益を計上するには、客観的証拠としての実現が必要とされている
第2章 財務業績の評価
- ROEをコントロールするレバーは以下の3つ
- 売上高純利益率(純利益/売上高)
- 総資産回転率(売上高/総資産)
- 財務レバレッジ(総資産/株主資本)
- 売上高純利益率(純利益/売上高)
- ROEの数値が似通ってくる理由は競争にある。高いROEを達成した場合、新規参入により競争が起こり、企業のROEを平均的な水準にする。逆に低いROEは、倒産や撤退を引き起こし、生き残り企業のROEは平均的な水準に回復していく
- 売上高純利益率と総資産回転率は、反比例の関係にある。これは高い付加価値をつけるためには多くの資産を必要とする一方、純利益率が低い場合は高い総資産回転率で補うことになるためである
- 利益率と回転率の組み合わせはROAとして計算される
- 企業の価値の源泉は連続的に生み出される利益にあり、試算はこの利益を生み出すために必要な手段でしかない。理想的な企業とは試算を持たずに利益を生み出す企業である
- 一般的に売上高の減少時には、売掛金や在庫に対する投資が減少するので、一時的に現金が自由になり、他の用途に使用することが可能となる。流動資産が売上高の変化につれて増減して、借入金の返済が可能となることを自己清算的であるという
- 企業がどの程度の現預金を保持すべきかという議論は、企業にとって流動性はどの程度重要で、どのように確保するのが最善かという、より幅広い議論と密接に関連する
- 製造業など寿命の長い試算に多額の投資を行う業界や企業は、資本集約的であると言われ、コストの大部分が固定費となるため、経済情勢に敏感になる。固定資産回転率は企業の資本集約度を表しておりこの数値が低いということは集約度が高いということになる(売上高/有形固定資産の純額)
- ROAと財務レバレッジは反比例の関係にある。ROAの低い企業は一般的に借入金調達能力が高く、逆もまた然り
- 低リスクで安定しており、流動性もある資産への投資からは高いリターンを期待することは難しいが、借入能力は大きい。商業銀行などはこの例の最たるものである。
- Net Debtの考え方は、余剰現金や市場性のある証券は、安全で利子を産む資産として本質的には「マイナスの有利子負債」とみなせるものであり、負債額から差し引くべきだという考え
- 財務レバレッジについて、主たる関心は有利子負債によって生じる毎年の財務上の負担の大きさと、支払いに回すことのできるCFとの比較にある
- 支払利息・元本カバレッジは、企業が今現在の借入金をすべてゼロとなるまで返済するという弱気の前提に、インタレストカバレッジレシオは、企業が現在の債務すべてを満期がきたとき借り換えできるという強気の前提に立っている
- 工場や設備のような流動性のない固定資産の資金繰りを流動性の高い短期負債で賄うことは危険である。なぜなら、資産が支払いに十分な現金を生み出す前に、負債の支払期限が到来してしまう恐れがある
- 当座比率は、棚卸資産を差し引く。これは、会社清算に際して、在庫は簿価の40%以下の金額にしかならない場合がほとんどであるため
- ROEは以下の3つの重大な欠陥を有している
- 株主資本の価値を市場価値に入れ替えた株価益回りも、投資家が持つ将来への期待に大きく左右され、タイミングの問題から業績の物差しとしては有効ではない
- 流動比率が高いということは、高い返済能力を示唆している。これは株主から見れば、資産構成が保守的すぎることを示唆し、否定的にとらえられることもある
- 比率が健全か不健全かを判断するためには、経験則との比較、業界平均との比較、経年での比較という3つのアプローチがある
第2部 将来の財務業績の計画策定
第3章 財務予測
- 外部資金調達必要額 = 総資産 - (負債+株主資本)
- 外部資金調達必要額は、BSをバランスさせるためのプラグとされるケースが多い
- 支払利息の増加は利益に大きな影響を与えるが、税金と配当金というフィルターを通すことで、外部資金調達必要額への影響は小さくなる
- 大企業における計画策定は主に以下の3つの段階に分けられる
第4章 成長の管理
- 「持続可能な成長率」とは、財務資源の枯渇を招くことなく企業が成長できる最大の成長率のことを指す
- 負債と株主資本の成長率が資産の成長率を決定し、資産の成長率により、売上高の成長率が規定される。資本構成を一定と仮定した場合、売上高の成長率を制限するのは株主資本の成長率である
- 持続可能な成長率は、以下の要素の積となる
- 持続可能な成長率を上回る成長をする場合には、経営の改善(売上高純利益率または総資産回転率の改善)を行うか、財務方針の変更(内部留保率または財務レバレッジの変更)を行うことが必要となる
- 財務方針が一定であれば、持続可能な成長率はROAに比例する
- コングロマリット的な多角戦略には2つの問題がある。1つ目は、経営者にとってのリスクは減るが株主にとってはメリットがないこと(株主は分散投資が必要であれば、別々の企業に投資することで実現できる)、2つ目は、資源には限りがあるため、同時に多数の製品市場において有力な地位を得ることは不可能であること
- 絞り込みによって、資金を新しい成長分野に振り向けることが可能となり、総資産回転率が改善され、売上高が減少する。これにより、持続可能な成長の問題が改善される
- 企業がアウトソーシングを行う場合、その活動を行うために拘束されていた資産が解放され、それによって総資産回転率が上昇する
- 持続可能な成長率を下回った場合、問題を無視する、株主に資金を還元する、成長を買うという3つの方法が考えられる
- 問題を無視した場合、資源を十分に活用できないことによって株価が下落し、企業買収のターゲットとなる
- 配当金の増額もしくは自社株買いによって株主に資金を直接還元することができる。ただし、経営者としては資本の有効活用ができないことを示すこととなってしまう
- 高成長企業と低成長企業の間で、余剰資金を管理することで成長管理に関する問題を解決する
- 問題を無視した場合、資源を十分に活用できないことによって株価が下落し、企業買収のターゲットとなる
- インフレは財務諸表に少なくとも以下の2つの影響を及ぼす。ただし、インフレ調整後の財務諸表を用いれば、持続可能な成長に対する影響は小さいことが分かる
- 外部資金調達必要額が増加する
- 取得原価主義に基づいた財務諸表の負債比率が上昇する
- 外部資金調達必要額が増加する
第3部 事業を運営するための資金調達
第5章 金融商品と金融市場
- 財務担当マネジャーの顧客とは、企業の将来的なCFを予測して事業に投資を行う債権者・投資家である
- 繰上償還条項が付された場合、発行会社は満期を待たずに社債を償還するというオプションを有する。繰上償還条項を設定したい理由は以下の2つ
- 一般的に発行体に有利な繰上償還条項のついている社債は表面利率が高めに設定される
- 大多数の経営者は優先株式を税務上不利な有利子負債としてみている。優先株式への配当をやめる企業がほとんどないので、経営者のほとんどは優先株式の柔軟性を評価していない。社債の利息が損金処理できるのに、優先株式への配当は損金処理できないためである
- 国際金融市場が国内金融市場よりも低いコストで資金を提供できるのは以下の2つの理由による
- 銀行口座に準備預金を置く必要がないため
- 持参人払いという形式で債券を発行できるため
- 銀行口座に準備預金を置く必要がないため
- 証券の公募はどんな場合であれ、インサイダーが価値の不確かな証券をアウトサイダーに売るということになる。そのため、アウトサイダーの心配を軽減するために新規発行では常に安めに売られる
- 効率性市場仮説に対するスタンス
- ウィークフォーム:過去の情報をすべて反映している
- セミストロングフォーム:公表された入手可能な情報をすべて反映している
- ストロングフォーム:公開・非公開を問わずすべての情報を反映している
- ウィークフォーム:過去の情報をすべて反映している
- セミストロングフォームで効率的であるということは、以下のことを意味する
- 公開された情報は将来の価格の予測に役立たない
- 非公開の情報がない場合、最善の予測は現在の価格である
- 非公開の情報がない場合、最適な売出時期を選ぼうと試みても、売出条件の改善にはつながらない
- 非公開の情報がない場合、または平均以上のリスクを受け入れる意志がない場合、投資家は市場の平均収益率を上回る収益率を継続して得ることはできない
- 公開された情報は将来の価格の予測に役立たない
第6章 資金調達方法の決定
- 株主資本とは、株主が事業投資して、なおかつ借入金を獲得・維持できる最少の金額のこと
- 調達手段を適切に選択するステップは、第1に外部からの必要調達額を決めること、第2に金融商品の設計である
- 財務上の意思決定を行うにあたってのポイントは、その選択が今後の同社の資金調達力にどのような影響を与えるかという点
- 財務レバレッジは営業レバレッジ(変動費ではなく固定費を活用すること)と同じ特徴を持つ(Debt financeは利息と元本の返済が増えて固定費が増加する)
- 財務上の固定費を賄うためにより多くの営業利益を必要とする一方で、ひとたび損益分岐点に到達すると営業利益の増加による利益増はより大きなものとなる
- 財務レバレッジがROEに与える影響は、税引後の利益率に対するROICの相対的な大きさによって決まる
- 財務上の意思決定が企業価値に影響を与えるのは2通り
- 営業CFは所与としたうえで投資家にとっての価値を高める
- CF自体を高める
- 営業CFは所与としたうえで投資家にとっての価値を高める
- M&Mの無関連性命題により、財務上の決定は、それがCFの量自体に影響を与える限りにおいて重要であり、最適資本構成とはこれらのCFを最大化する資本構成であることを意味している
- 財務上の意思決定におけるヒギンスの5ファクターモデル
- 税効果
- 破たんコスト:破産コスト、間接的コスト、利害の対立 ※資産の転売価値が高ければ低く抑えられる
- 間接的なコスト:キャッシュ節減による機会の逸失、継続供給への疑念による売上低下、資金調達コストの増加等
- 利害の対立:Go for brokeの問題
- 財務の柔軟性:現在の決定が将来における資金調達の選択肢を狭めないように配慮する
- 税効果
- 企業の価値は、有形の資産と成長の可能性という2つのタイプの資産から成る。有形の資産は破綻時にも価値が残るが、成長機会はそうではない
- 企業は資金調達の優先順位をペッキングオーダーの上から順に模索する
- 内部資金:留保利益、減価償却、余剰資金
- 外部資金:Debt
- 外部資金:Equity
- 内部資金:留保利益、減価償却、余剰資金
- 企業の資本構成全体を見たとき、支払期日構成のリスクが最も小さくなるのは、負債側の満期が試算側の満期と等しい場合である。この構成であれば、営業活動で生み出される現金により負債の満期日に支払いを行うことができる
- 企業が満期を一致させないのは長期借入が適当な条件で行えない場合や、満期を一致させないことにより、総借入コストを低減させることができると経営陣が判断する場合である
第4部 投資機会の評価
第7章 DCF法
- 会計上の投資収益率 = 年平均キャッシュインフロー/キャッシュアウトフロー総計
- 会計上の投資収益率の問題点は、それが時間的価値を考慮していないという点
- 時間的価値の3つの根拠とは
- インフレーションにより将来の金銭の購買力は低下する
- 金銭の受け取りが先になるほど不確実性が増加する
- 機会費用が存在する
- インフレーションにより将来の金銭の購買力は低下する
- 事業の評価にどのCFを含めるのかは以下の2つの原則に基づく
- 運転資本の特徴
- 新製品の売上に応じて増減する
- 投資期間終了時に運転資本は現金化され、通常それまでの投資額とほぼ同額を回収できる
- 運転資本の増加を伴う多くの投資が、ビジネスの過程で自然に生じると同時に、明示的なコストを伴わない自然発生的な資金源を生み出す
- 新製品の売上に応じて増減する
- 配賦費用についての問題は、事業の規模に応じてそれらの費用が変わるかどうかということ
- カニバリゼーションによる損失は競争の度合いによって決まる。「競合他社に食べられるぐらいなら自分たちで食べたほうが良い」といえる
- 相互に排他的な代替案の評価にBCRとIRRを用いた場合の問題点は、それらが投資規模の大小を反映しないという点
- 資本制約がある場合には、受取額が全体でいくらかではなく、1ドル当たりの受取額に注目しなければならない
第8章 投資の意思決定におけるリスク分析
- 理想的な条件下でのリスクとリターンの関係は、市場線と呼ばれる直線になる
- DCFでは、経営者が途中で様々な修正を行うことが計画に含まれていない。リアルオプションと呼ばれるケースを見込むことがある
- CFが見込みに達しない場合に投資を中止するオプション
- 初期投資が成功した場合に追加投資を行うオプション
- 投資を行うタイミングを遅らせることで不確実性を減らすオプション
- CFが見込みに達しない場合に投資を中止するオプション
- リスクを割引率で調整することは、リスク調整も複利で織り込んでしまうことになる。そのため、将来になるほどCFのリスクが高まるときに限って有効である
- EVAの魅力は、資本予算、業績評価、インセンティブ報酬という3つの重要なマネジメントの機能を1つに統合している点
第9章 事業価値評価と企業のリストラクチャリング
- ターミナルバリューの5つの推定方法
- 清算価値
- 簿価
- PERマルチプル
- 成長率ゼロの永久年金
- 永続的な成長
- 清算価値
- 運転資本への投資額とは、オペレーションを支えるために必要な流動資産の増加額から有利子負債を除く流動負債の増加額を控除したもの。流動資産へのネット投資額に等しい
- 永久成長率の絶対的な上限は経済全体の長期的な成長率である2~3%に期待インフレ率を加算したもの
- リストラクチャリングの財務的な根拠の主なものは、節税効果、インセンティブ効果、FCFの支配権である
- 株主と経営者の関係は、CFの支配権をめぐっての主導権争いであるとも考えられる。敵対的企業買収は、株主が主導権を回復し、リストラクチャリングを行うことを可能にした
- アクティビスト投資家の目標は、1980年代の敵的買収時のように支配権を握ることではなく、経営陣を威嚇し、株主価値を増加すると彼らが信じるアクションをとらせることにある
- 買収発表後5日間のプレミアムの中央値が20~40%であることは、被買収企業の株主が合併によって大きな利益を得たことを示している
- 1980年から2006年の期間で、超大型買収案件は全買収案件の買収総額の43%を占め、マイナス3.5%と明らかにマイナスの超過収益率を買収者にもたらしている
- LBOが価値を生むかという研究はスティーブンカプランが行っており、LBOが概ね成功していること、さらに成功した場合に発揮される強力な財務レバレッジを示している