銃・病原菌・鉄(上)/ジャレド・ダイアモンド

世界の歴史について、持てる者と持たざる者を分けたのは何か、といった点について考察した本。
何故ヨーロッパ人が征服する側であり、アメリカ・アフリカの先住民は征服される側であったのか、を様々な要素から考察しており、結論として「人種の優劣」は無関係であると述べている。

先進国と途上国を分けるものは、そこに住む人の能力ではなく、地理的な条件であり、食料生産に適した植物が周囲にあったのか、家畜化に適した動物が周囲に生息していたか、といった偶然が、人が組織化する時期を決定し、そのずれによって征服する側、される側が生まれただと言い切る、その論は面白く、説得力のあるものだ。

環境が全てを決定する、といってしまうと人の営みを否定するようにも聞こえるが、与えられた環境の中で最善を尽くそうとしてきたことがあってこその議論なのだと思う。
自分の人生に当てはめて考えるにはあまりにスケールの大きい話ではあるが、先進国の人間が知的に優れている、といった思い込みを払拭することや、自分の置かれた環境について俯瞰的に考えてみるきっかけにはできるだろう。


【目次】
プロローグ ニューギニア人ヤリの問いかけるもの
第1部 勝者と敗者をめぐる謎
 第1章 一万三〇〇〇年前のスタートライン
 第2章 平和の民と戦う民の分かれ道
 第3章 スペイン人とインタ帝国の激突
第2部 食料生産にまつわる謎
 第4章 食料生産と征服戦争
 第5章 持てるものと持たざるものの歴史
 第6章 農耕を始めた人と始めなかった人
 第7章 毒のないアーモンドのつくり方
 第8章 リンゴのせいか、インディアンのせいか
 第9章 なぜシマウマは家畜にならなかったのか
 第10章 大地の広がる方向と住民の運命
第3部 銃・病原菌・鉄の謎
 第11章 家畜がくれた死の贈り物

【抜粋】
プロローグ

  • 「あなたがた白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」
  • ニューギニア人のおもな死因は昔から、殺人であったり、しょっちゅう起こる部族間の衝突であったり、事故や飢えであった。こうした社会では、頭のいい人間のほうが頭のよくない人間よりも、それらの死因から逃れやすかったといえる。
  • 銃や病原菌、鉄をはじめとする技術、政治力や経済力の向上をもたらす技術を、ある民族は他の民族より先に発達させたし、ある民族はまったく発達させることがなかった。これに対し、究極の要因はいまだに明らかにされていない。
  • 歴史は、異なる人びとによって異なる経路をたどったが、それは、人びとのおかれた環境の差異によるものであって、人びとの生物学的な差異によるものではない。

第1部

  • クロマニヨン人が残したものでいちばんよく知られているのは、芸術的価値のある遺物である。洞窟内に残された素晴らしい壁画、彫像類、楽器類。これらは現代人のわれわれにとっても十分に芸術的価値をもつ作品である。
  • (オーストラリアにおける)大型動物の絶滅は、それらを家畜として飼いならす機会を人類から奪ってしまったのである。そのため、現代においてもオーストラリア人やニューギニア人は土着の動物を家畜化していない。
  • 人口の稠密なところでは、農業を営んでいない住民が農民を支援するかたちで彼らを集約的な食糧生産に従事させた結果、非生産民を養うに十分な食料が生産された。
  • 第一次世界大戦まで、騎馬は陸軍の中心的な戦力であった。馬を所有していたこと、鉄製の武器や甲冑を所有していたこと、これらの利点を考慮に入れれば、金属製の武器を持たない歩兵相手の戦いにおいて、スペイン側が圧倒的な数の敵に勝ちつづけたことはさほど驚くべきことではない。
  • もし天然痘の大流行がなかったらインカ帝国の分裂は起こらず、スペイン側は一致団結したインカ軍を相手にしなければならなかったのである。
  • スペイン人がペルーにやってくることができた要因のひとつは、インカ帝国になかった文字を彼らが持っていたことである。情報は記述されることによって、口承よりもはるかに広範囲に、はるかに正確に、より詳細に伝えられる。
  • ピサロを成功に導いた直接の要因は、銃器・鉄製の武器、そして騎馬などに基づく軍事技術、ユーラシアの風土病・伝染病に対する免疫、ヨーロッパの航海技術、ヨーロッパ国家の集権的な政治機構、そして文字を持っていたことである。
第2部
  • 農耕民は、土地を耕し家畜を育てることによって、1エーカーあたり、狩猟採集民のほぼ10倍から100倍の人口を養うことができる。この数字は、食料を自分で生産できる人びとは、当初から狩猟採集民よりも人数面において軍事的に優位にあったことを示している。
  • 食料の貯蔵・蓄積が可能な社会では、政治エリートが、他の人たちが生産した食料を自由にできる。税金を課すことができるし、食糧生産に従事しなくて済む。
  • 貯蔵・蓄積された食料は職業軍人の存在も可能にするが、このことは征服戦争の遂行能力にもっとも直接的に関係している。
  • 食料生産を他の地域に先んじてはじめた人びとは、他の地域の人たちより一歩先に銃器や鉄鋼製造の技術を発達させ、各種疫病に対する免疫を発達させる過程へと歩みだしたのであり、この一歩の差が、持てるものと持たざるものを誕生させ、その後の歴史における両者間の絶えざる衝突につながっているのである。
  • 人びとが食料生産の生活様式へと移行していく過程で見られるのは、自己触媒と呼ばれる作用になぞらえることができる。自己触媒的過程においては、結果そのものがその過程の促進をさらに早める正のフィードバックとして作用する。人口密度の増加は、知らず知らずのうちに野生植物を栽培かする方向に歩みはじめた地域において自己触媒的に作用し、ますます人びとを食料生産に駆り立て、その結果、地域の人口密度はさらに増加したのである。
  • 植物の種子の多くはわれわれ人間の体内で消化されずに排泄物にまじって出てきて、そこで発芽する。実際に、多くの野生植物の種子は、動物の消化器を「通過しなければ」発芽できない。
  • 種子をばらまく仕掛けを持たない突然変異種を採集し続けた結果、種子をばら撒く仕掛けを持たない個体が栽培種の原種となったのである。
  • 人為的な淘汰によって新しい品種が生み出される原理は、われわれが種の起源自然淘汰の関係を理解しようとするうえで、もっともわかりやすいひとつのモデルを提供している。
  • 世界で一年間に消費される農作物の80パーセントは、小麦、トウモロコシ、米、大麦、モロコシといった穀類、大豆をはじめとするマメ類、ジャガイモ、キャッサバ、サツマイモといった根菜類、砂糖をとるためのサトウキビやテンサイ、バナナをはじめとする果物類など、わずか十数種類の植物で占められている。穀類だけでも、世界中で消費される食物カロリーの半分以上を提供している。世界中を見渡しても主要作物と呼べるものはこれほど少ないのである。
  • 肥沃三日月地帯で食料生産が歴史上非常に早い時期にはじまったのは、そこの住民がよその住民よりとくに優れていた点が何かあったからである、といった議論を展開する必要がなかった。
  • (食料生産開始の時期に関する)このようなちがいは、入手可能であった野生動植物の差が原因となって引き起こされたものであり、肥沃三日月地帯、ニューギニア、そして合衆国東部の人びとの特性のちがいが原因ではない。
  • 家畜化できている動物はどれも似たものだが、家畜化できていない動物はいずれもそれぞれに家畜化できないものである。
  • 実際に家畜化される野生種は、家畜となる条件をすべて満たしていなければならない。家畜となるための条件がひとつでも欠けてしまえば、その他のじょうけんがすべてそろっていたとしても、人間による家畜化の努力は水泡に帰してしまう。家畜化されなかった理由としては少なくとも以下の6つが認められる。
    1. 餌の問題:肉食哺乳類は餌の経済効率が悪いので、食用目的で家畜化されたものは皆無である。
    2. 成長速度の問題:家畜は速く成長しなければ価値が無い。
    3. 繁殖上の問題:捕獲状態で繁殖させることができなければ家畜化はできない。
    4. 気性の問題:大型で危険な、人を殺しうる動物は家畜化できない。(シマウマは気性の問題から家畜化されていない)
    5. パニックになり易い性格の問題:パニックに陥る動物は飼育できない。
    6. 序列性のある集団を形成しない問題:群れを作る、序列がはっきりしている、なわばりを共有する、これらの3つの社会性が必要となる。
  • 先史時代において食料生産が伝わっていった速度や、実際に伝わった年代も、地域によって大幅に異なっている。非常に速い速度で伝わっていったのは、東西方向に伝播していったときである。
第三部
  • 残忍なスペインの征服者に殺されたアメリカ先住民の数ははかりしれない。しかし、スペイン側の持ち込んだ凶悪な病原菌の犠牲になったアメリカ先住民の数は、それよりはるかに多かった。
  • 突然大流行する感染症には、共通する特徴がいくつかある。まず、感染が非常に効率的で速いため、短期間のうちに、集団全体が病原菌にさらされてしまう。つぎに、これらの感染症は「進行が急性」である。そして、一度感染し、回復した者はその病原菌に対して抗体を持つようになり、それ以降のかなりの長きにわたって、同じ病気にかからなくなる。最後に、こうした感染症を引き起こす病原菌は、人間の体の中でしか生きられないようで、地中や動物の体内で生存していくことができない。
  • 集団感染症を引き起こす病原菌は、人口の稠密な大規模集団で誕生する。