銃・病原菌・鉄(下)/ジャレド・ダイアモンド

前編に続き、人類のうち発展した国・民族とそうでないものを比較し、その要因が何かを明らかにしている。
後編においては、引き続き銃・病原菌・鉄が要因となったことを述べ、さらに大陸の特色から、人類発展の差異を説明している。

偉大な発明も、そのタイミング、その人物によってなされなければ、極めて近いタイミングで別の人物によってなされたであろうとし、個々の人間の能力ではなく、その環境に歴史決定の要因を求める姿勢は前編から貫かれている。
しかし、「環境決定論」のように人間の独創性を否定するものではなく、独創性があるからこそ発展してきたことを認めつつ、その独創性の発揮しやすさに環境要因を求めるものとなっている。

歴史の大勢がこうした環境によって決まるものであるとしても、その中に生きる個々人の創造性が否定されるものではない。こうした視点は、運命に抗っても仕方ない、という歴史観にならないため、英雄的な人物の活躍により全てがうまくいく、という歴史観にならないために、持っておきたいものだ。

【目次】
第3部 銃・病原菌・鉄の謎
 第12章 文字をつくった人と借りた人
 第13章 発明は必要の母である
 第14章 平等な社会から集権的な社会へ
第4部 世界に横たわる謎
 第15章 オーストラリアとニューギニアのミステリー
 第16章 中国はいかにして中国になったのか
 第17章 太平洋に広がっていった人びと
 第18章 旧世界と新世界の遭遇
 第19章 アフリカはいかにして黒人の世界になったか
エピローグ 科学としての人類史


【抜粋】
第3部

  • シュメール人は、何を意味するかが絵で描ける名詞を、それと同じ発音の(絵で描くのが難しい)抽象名詞として使うという、同音異義語のアイデアを思いつく。
  • 歴史上、文字を早い時期に手に入れた社会は、文字の曖昧性を減少させる試みを何一つしていない。その使い道や使用者層が限定されていたことについても何もしていない。
  • 「発明は必要の母である」ことを示す事例が、蓄音機である。エジソンは蓄音機を完成させた1877年に10通りの使い道があることを公表しているが、音楽の録音再生には重きが置かれておらず、発明から約20年後まで蓄音機の主要な目的として認めなかった。
  • あの時、あの場所で、あの人が生まれていなかったら、人類史が大きく変わっていたというようなテンサイ発明家は、これまで存在したことがない。功績が認められている有名な発明家とは、必要な技術を社会がちょうど受け容れられるようになったときに、既存の技術を改良して提供できた人であり、有能な先駆者と有能な後継者に恵まれた人なのである。
  • ニューギニア先住民にしてもすべて一様に保守的なわけではない。そこには、社会ごとの違いが見られる。企業家精神に富む社会が西洋の技術を利用して、その近隣の保守的な社会を経済的に圧倒しつつある。
  • 人類の科学技術史は、こうした大陸ごとの面積や、人口や、伝播の容易さや、食料生産のタイミングの違いが、技術自体の自己触媒作用によって時間の経過とともに増幅された結果である。そして、この自己触媒作用によって、スタート時点におけるユーラシア大陸の「一歩のリード」が、1492年のとてつもないリードにつながっている。
  • 歴史上、エリート階級たちは、つぎの4つの方法をさまざまに組み合わせて、平民より上等な生活を堪能しながら、彼らの間で不人気にならないようにしてきた。
    1. 民衆から武器を取り上げ、エリート階級を武装させる。
    2. 集めた富の多くを、民衆に人気のあるやり方で再分配する。
    3. 独占的な権力を利用して、暴力沙汰を減らし、公共の秩序を維持して、民衆が安心して暮らせるようにする。
    4. イデオロギーや宗教でエリート階級の存在や行為を正当化する。
  • 国家は、より単純な社会集団にくらべて優れた武器や技術を所有していたり、たくさんの人口を抱えているのが普通である。それ以外にも、集権化によって兵力や軍事物資を集中させ易いことや、国教や愛国心が兵士を決死の覚悟で戦わせることが挙げられる。
  • 集約的な食料生産と複雑な社会の出現は、相互に自己触媒の関係にある。
  • 小規模集団の併合は自発的に起こるわけではない。それは、外圧にさらされるか、実際に征服されるかして起こる。
  • 国家や首長社会では、勝者が敗者を生かしておく選択肢が2つある。1つは奴隷として使うことであり、もう1つは自治性を奪い、併合して税を納めさせることである。
第4部
  • イギリス人たちは、アボリジニたちが4万年以上にもわたって文字を持たずに狩猟採集生活を続けてきた大陸に、入植して数十年かそこらで文字を持ち、食料を生産する産業民主社会を構築した。これは、能力の問題ではなく、イギリス人たちがそうした社会を構築するのに必要な要素をすべて外から持ち込んできたことによる。
  • 南北アメリカ大陸では、ただ一種の大型動物が家畜化されていただけであり、動力源として活躍することも軍用動物として活躍することもなかった。これは大型動物の絶滅によるものであり、絶滅していなければ、人類史は違ったものになったかもしれない。
  • ユーラシア大陸南北アメリカ大陸を一歩リードしていたのは、100万年も前から人が住みついていたからである。
  • 南北アメリカ大陸にやってきたヨーロッパ人が、当時のアメリカ先住民に対して有利な立場に立てたのは、彼らが次の3点において恵まれていたからである。
    1. ユーラシア大陸では定住生活がずっと早く始まっていた
    2. 家畜化・栽培化可能な野生動植物がずっとたようであった
    3. 地理的障壁や生態的障壁が少なく、発明や技術が伝播しやすかった
  • 西洋文明の精神的な支えである新・旧約聖書コーランを著した人びとの言語は、アフリカ大陸で誕生した可能性がある。
  • ヨーロッパ人がアフリカ大陸を植民地化できたのは、白人の人種主義者が考えるように、ヨーロッパ人とアフリカ人に人種的な差があったからではない。それは地理的偶然と生態的偶然の賜物にすぎない。ユーラシア大陸とアフリカ大陸の広さの違い、東西に長いか、南北に長いかの違い、そして栽培化や家畜化可能な野生祖先種の分布状況の違いによるものである。
エピローグ
  • 人間社会の展開に影響を与えうるもっとも重要な違いは以下の4つ
    1. 栽培蚊帳家畜化の候補となりうる動植物種の分布
    2. 大陸内での伝播や拡散がしやすい大陸の形状(東西に長い)
    3. 大陸間での伝播のしやすさ
    4. 大陸の大きさや総人口
  • 中国は最初の一歩をリードしていた。しかし、統一されていたがゆえにたった一つの決定が船団の派遣を中止し、中国全土から造船所を消すこととなった。ヨーロッパでは対照的に、コロンブスは何百人もいた王侯の一人を説得した。これは政治的にヨーロッパが統一されていなかったことによる。
  • 歴史科学は、直接的な要因と究極的な要因の間にある因果関係を研究対象とする学問である。