セシウムをどうする 福島原発事故 除染のための基礎知識/小松 優 日本イオン交換学会

平成23年3月11日の原子力発電所事故に伴い、放射性物質が飛散し、福島県を中心に除染が必要となっている。
放射性物質のうちでも、飛散量・半減期等を考慮し、もっとも生活に影響を及ぼす放射性セシウムについて、
その人体への影響、性質、それらを踏まえた除染の方法をまとめた本。

放射性物質は目に見えず、日ごろの生活になじみもないことから住民の不安も強くなるものであるが、
無根拠に恐れるのではなく、その性質を理解し、適切な対応が取りうることを理解することが必要だろう。

除染のために取りうる方法、予算・時間にも限りはあり、対応によっても解決には長時間を要することは事実である。
ただちにすべての範囲を除染すべき、といった極論ではなく(可能な部分については対応すべきではあるが)
自然における放射性セシウムの移行・凝集の性質や時間経過も踏まえた長期的な視野が必要となる。


【目次】
第1章 福島原発事故の概要と予備知識
第2章 どうやって放射性セシウムを除染するか
第3章 土壌除染のテクノロジー
第4章 放射能除染のテクノロジー
第5章 未来のために‐解決しなければならない問題‐

【抜粋】
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  • 原子力安全委員会原子力安全保安員の評価値が正しければ、東京電力の事故による放射性物質の放出はチェルノブイリ事故の約1/10の規模であると言える。
  • 人体へ及ぼす放射線量の影響を包括的な尺度Svで考えるとき、その領域は2つに大別できる。
    1. 急性障害領域といわれる放射線量と放射線障害の関係が医学的に明らかになっている領域。
    2. 晩発性障害領域といわれる放射線障害の度合いが医学的に証明されていない領域。
    • 急性障害領域は吐き気、脱毛、発疹、意識障害、死亡を伴う。「確定的影響」といわれる。
    • 晩発性障害領域における人体への影響は「確率」で表され、医学的にはいまだ未知の領域と言える。「確率的影響」といわれる。晩発性障害領域で発症する放射線障害を診断する方法として、血液中の白血球やリンパ球の数の変化が一般的に使われている。20mSv〜100mSv以下での放射線障害を正しく診断する方法はない。
    • 日本における年間自然放射線量は1.4mSv/年であり、一般人に対するICRP勧告値1mSv/年はかなり高い安全率を見込まれている。しかし、医学的に評価できるのはあくまで「確率」としての評価であり、これより上で障害が起こるという閾値は存在しない。
    • 日常生活で人が浴びる自然放射線量は世界平均で約2.4mSv/年である。

    2

    • 放射性物質の分布は同じ敷地内でも偏っていることのほうが一般的である。放射性物質が沈着したときはその分布が一様であっても、時間が経つにつれて水の流れるところや滞留するところに濃縮していることが多い。
    • 発電所内の高レベル汚染水については、放射性セシウムの除去装置の稼動により、放射性セシウム由来の放射能濃度の低減には成功している。一方多量の廃棄物(吸着済みゼオライト、吸着済みチタンケイ酸塩およびセシウム吸着共沈殿物)が発生しており、今後これらの処理・処分が必要となる。
    • 事故以降にかく乱していない地点の土壌中の放射性セシウムは、その大半が地表数cmにとどまっている場合が多い。これは、放射性セシウムがイオン交換により粘土鉱物に強固に吸着することによる。

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    • 土壌の除染方法には、表土の剥ぎ取り、天地返し(農地では反耕転)、すき込み希釈(農地では耕起、田起こし)、ファイトレメディエーション(植物による除染)などが提案されている。
    • 表土剥ぎ取りでは、仮置き・中間処分・最終処分のための場所が必要となり、それが除染の進行を遅らせる原因になっている。
    • 天地返し、すき込み希釈では、処分すべき廃棄土壌は生じないが、放射性物質がなくなるわけではなく、表層より深い場所に移動したり希釈されて広がったりしただけなので、高汚染地域ではかえって状況が悪くなるとの指摘もある。
    • 放射性セシウム移行抑制の対策として、除染に先んじて、高汚染地域の粉塵の飛散、表層泥水の発生を抑制する対策を講じることが重要である。
    • 森林は粘土質に乏しく、粘土などに固定されているものとは異なり、イネなどの農作物に取り込まれやすい。表層土壌処理による封じ込めはこの対策として有効だが、人の生活圏に近い里山に実施することが限界である。人里離れた森林については自然が放射性物質を集めるメカニズムにゆだねた「受動的な除染」が適している。
    • 水の中の放射性セシウムの存在形態は大きく分けて、溶存態、懸濁態の2つの形態に分けられる。溶存態は水に溶解している状態、懸濁態は微細片か微細粒子に吸着されて存在している状態をいう。