「食糧危機」をあおってはいけない/川島博之

環境学者、農学者の著者が「食糧危機」が本当に眼前の危機として存在するのか、といった点から論証した本。
データが多く、説得力のある議論になっている。

主には、
食糧生産は、単位当たりの収穫としてまだまだ伸びる余地がある。
(日本のように集約的な農業を行っている国は少なく、世界には天水農業レベルの粗放的な農業を行っている農地がまだまだある。)
途上国が先進国化すればするほど、一人あたりにかける教育費は大きくなり、人口増加は抑制される。
といった点から、食糧自体が不足するという俗説を否定する。

ただし、食糧危機は、世界中で食糧が不足するというものではなく、サハラ以南のアフリカにおいて生じるものであり、
しかもそれは生産量の不足ではなく、分配の問題によって発生する、ということが述べられている。
これは、日本の自給率を上げよう、という議論とはかけ離れたものだ。
輸入できなくなったら危険だから自国で作っておこう、というのは一見説得力があるようだが、
どちらかといえば食糧を売りたがっている国の方が多く、その心配をするくらいなららば、
その分のリソースを他に向けるのが、効率的な社会ということになるのだろう。


【目次】
はじめに
第一章 「爆食中国」の幻想
第二章 「買負け」で魚が食べられなくなる
第三章 二一世紀、世界人口は減少に転じる
第四章 生産量はほんとうに限界か?
第五章 「バイオ燃料」の嘘
第六章 繰り返される食糧危機説
第七章 ほんとうの「食糧問題」とは?

【抜粋】
第一章

  • 1キロの食肉を生産するのに、豚肉なら穀物資料が7キログラム、牛肉なら、11キログラム必要である。これは、穀物に変えて牛肉を食べるということは、穀物をこれまでの10倍消費するということである。
  • 飼料用穀物の需要の伸びは80年代に入って徐々に伸び率が低下し、90年代に入り、さらに低下した。これは畜産革命といえるような畜産技術の進歩による。
  • 中国では想定されていたほど牛肉の消費自体が伸びなかった。これは発展すれば牛肉を消費するようになるという予想自体が西洋的なライフスタイルを前提としたものであったことにも起因する。豚肉は畜産革命により、1キロあたり、4キロの穀物で生産可能であり、想定よりも飼料用穀物の需要は伸びなかった。

第三章

  • 食糧と人口の関係については、世界をサハラ以南のアフリカとそれ以外に分ける必要がある。エチオピアの人口は1950年代には1800万人だったのが、半世紀で5倍の8000万人に増加する等、人口爆発が現実のものとなっている。アフリカの人口は現在10億人程度だが、2050年には倍になると予想されている。

第四章

  • ここ100年を除く歴史のほとんどの期間、100人分の食糧をつくるために、90人くらいが農業で働く必要があった。今の日本では農業従事者の割合は3%、アメリカでは2%である。アメリカでは2%の農業従事者が自国分に加え、それとほぼ同量の輸出用食糧を生産している。このような変革を「緑の革命」と呼ぶ。
  • 1ヘクタール当たりの窒素肥料投入量は、生産量に比例する。オーストラリア周辺、南米、東南アジア、旧ソ連地域、北アフリカ以外のアフリカ全域では粗放的な農業が中心であり、まだまだ増収が可能。インドでは農地1ヘクタールあたりの扶養人口は6.5人であるがヨーロッパでは12人にものぼる。
  • 1980年代前半、エチオピアではアメリカの支援を受けて化学肥料を使用し、生産量を向上した。しかし、輸送のためのインフラがなく、生産した穀物を地元で消費するしかなかったため、値崩れを起こし、翌年から化学肥料の使用は止められた。

第五章

  • バイオ燃料により、穀物の値段が上がった、というのは疑わしい。2007年に起きた穀物価格の上昇は、アメリカがバイオ燃料に力を入れる宣言を出した後のことではあったが、実際の需給ではなく、サブプライムローンから引き上げられた資金の行き先となったという点が理由として強いと考えられる。それは値段の高騰の後、生産量は変わっていないのに価格が急落したことからも読み取れる。
  • バイオ燃料の生産は、それに費やすエネルギーのほうが、現状では高いという研究結果が次々と出ている。

第六章

  • 食糧危機説は繰り返されてきたが、穀物生産料が人口増加を上回る速度で増大し、一人当たりの穀物供給量がむしろ増えてきたことを見落としている。