企業価値評価(上)/マッキンゼー・アンド・カンパニー

企業価値評価(上)/マッキンゼー・アンド・カンパニー

企業価値評価の古典。
DCFやマルチプルの原理について説明。
入門的な企業価値評価本と比較して、裏付けとなっている実証研究の内容等にも触れられている。

【目次】
第1部 原理編
 第1章 なぜ企業価値か?
 第2章 価値創造の基本原則
 第3章 期待との際限なき戦い
 第4章 投下資産利益率(ROIC)
 第5章 成長とは何か
第2部 実践編
 第6章 企業価値評価のフレームワーク
 第7章 財務諸表の組み替え
 第8章 業績および競争力の分析
 第9章 将来の業績予測
 第10章 継続価値の算定
 第11章 資本コストの推定
 第12章 企業価値から1株当たりの価値へ
 第13章 企業価値の算定と結果の分析
 第14章 マルチプル法による企業価値評価の検証
第3部
 第15章 企業価値はROICと成長率で決まる
 第16章 市場は形式ではなく実体を評価する
 第17章 市場心理と価格化入り
 第18章 効率的市場における投資家と経営者


【概要】
第1章

  • 価値創造の基本原則とは、「投資家から資本を調達し、資本コストを超えるリターンで将来キャッシュフローを生み出す場合に価値が創造される」というものだ
  • 価値創造の大きさは、企業の成長率と、ROICが資本コストをどれだけ上回るかの組み合わせによって決まる
  • 企業価値不変の法則とは「キャッシュフローが変わらなければ企業価値も変わらない」というもの
  • 株式市場とクレジット・マーケットの機能の仕方は、まったく異なる。株式の流動性はきわめて高い。その理由は2つある。第1に、株式の取引は証券取引所で秩序立って行われている。第2に株式市場では、多数の売り手と買い手が比較的少数の銘柄を取引している。反対に、クレジット・マーケットは規模が小さいうえに流動性が低い。その理由として、まず銘柄の多さがあげられる。一企業が複数の社債を発行するうえ、債権デリバティブの数はさらに多い。しかも、これらは標準化されていない。さらに、債券のうち取引されていないものも多い。経済危機が株式市場からではなくクレジット・マーケットから発生するのはこのためだ。

第2章

  • 成長率が一定と仮定すると、ROICが高いほど企業価値が高くなる
  • ROICが高水準にあるときには、成長率が高いほど企業価値は高くなる。しかし、ROICが資本コストを下回ると、成長率が高いほど企業価値は低くなる。そしてROICが資本コストと同じ場合には、成長率は企業価値に影響を与えない
  • ROICが高い企業は成長に専念し、ROICが低い企業はROICの工場に専念すべき、ということだ。
  • マルチプル拡大の考え方が正しいとすると、合併予定の企業のPERのうち、高いほうが合併後に適用されることになる。しかし、マルチプル拡大を実証的に示すようなデータは存在せず、企業買収を正当化する理屈としては完全に間違っている。

第3章

  • 株主に対するリターンが市場全体よりも高い企業も、やがては株価に織り込まれた期待を達成できなくなる日がくる。その時点から、たとえ企業が引き続き大きな価値を創造し続けても、株主に対するリターンは以前よりも低くなる。
  • 経営者の報酬は、主に、成長率、ROIC、株主に対するリターンの3点尾競合との比較によって決まるべきだ。これにより、株主に対するリターンのうち企業固有の要因以外による部分を切り離すことができる。

第4章

  • 価格プレミアムの要素は以下の5つ
    1. 革新的な製品(特許で保護されているか、模倣が難しいか)
    2. クオリティ(顧客が高い値段を払うに足るような違いがあること)
    3. ブランド
    4. 顧客の囲い込み(他社の製品・サービスへの乗り換えコスト)
    5. 合理的な価格形成
  • コスト効率性・資本効率性の効果で生じる競争優位性
    1. 革新的な事業運営方法
    2. 独自のリソース
    3. 規模の経済
    4. 拡張性のある製品・プロセス
  • ROICを高めるような戦略を策定している企業は、時を経て経済・業界・企業が変化しても、高いROICを維持できる場合がある。特に、比較的長いプロダクト・ライフサイクルをもつ業界に当てはまる。その逆も成り立つ。

第5章

  • 成長の3つの主要要素
    1. ポートフォリオ・モメンタム(属する業界自体の成長)
    2. マーケットシェアの変化
    3. M&A
  • 企業価値創造には、市場の成長のほうがシェア拡大よりインパクトも大きく、持続的だ。
  • 成長戦略が価値創造に有効かは、その戦略に対して競合企業がどのくらい対抗してくるかに大きく依存する。たとえば、価値創造にもっとも有効な成長戦略は、製品の技術革新である。革新的な商品には競争がないうえ、新規顧客の開拓や既存顧客がより多くの製品を購入するための誘導もインパクトが大きい。
  • 一般に事業価値創造のインパクトが少ないのはマーケットシェアの獲得による売り上げの増加である。このタイプの成長は競合企業が激しく対抗してくる。
  • 高成長を遂げる以上に難しいのはそれを維持すること。製品にはライフサイクルがあるため、新製品を断続的に投入し続けることが高成長を維持する唯一の方法だが、実現可能性はゼロに近い。

第6章

  • 営業FCFは企業の事業活動から生み出されるCFから事業への再投資額を引いたものである。営業FCFはすべての投資家(株主、債権者)に帰属するCFであり、WACCで割り引く必要がある。
  • 支払利息の節税効果を営業FCFではなく資本コストに織り込む理由は、企業がすべての資金調達を株主資本で行っていると仮定して営業FCFを計算すれば、有利子負債・資本構成に関係なく、業績を他社や過去の推移と比較できるからである。
  • 株主以外に帰属する価値とは、短期・長期の借入金や退職金・年金の積立不足分、オペレーティング・リース、従業員向けストックオプションの未払い分などを含む。
  • 理論株価は、試算した株主価値を株式希薄化前の発行済み株式数で割ると算出できる。このとき、転換社債や従業員向けストックオプションの価値はすでに織り込み済みのため、株式希薄化簿の株式数を使わないように注意する。株式希薄化後の株式数では、オプションの価値を2回織り込んでしまう。
  • MM理論は有利子負債の増加による株主資本コストの上昇が、WACC算出の際の有利子負債・資本構成の変化を完璧に相殺して、結果としてWACCは変わらないという前提になっている。(借入が増えれば、株主にとってはリスクが高まり、より高いリターンを要求するはず)
  • APV法は事業価値を100%株式で資金調達した場合の事業価値と有利子負債調達による節税効果の価値の2つにわけてとらえる。

第7章

  • NOPLATの算出ステップ
    1. 支払利息を営業利益に足し戻す(支払利息は一部の投資家への支払であって、営業費用ではないため)
    2. 投下資産以外の資産から生み出される収益あるいは損失をNOPLATの計算に含めない(投下資産は非事業用資産を含まないため)
    3. 支払利息やそれ以外の営業外利益が税金に与える影響を取り除く(PL上の税金算定は利払いやそれ以外の営業外損益を勘案して、非事業用資産や有利子負債・資本構成の影響を受けるため。すべての資金を株式で調達し、純粋に事業のみを行った場合にかかる税金と同額になるはず)
  • 企業が一定条件のもとにある資産をリースした場合、資産にも負債にも計上する必要は無い。代わりに、その資産のリース料を費用として計上する。資産を正しく評価するためにはリース資産を事業用資産とみなして、資産価値を計上する必要がある。同時に同等の価値を負債に加算する。そうしないと、リース資産を多くもつ企業は、それら資産を購入した企業と比べて事業資産が少なく見えてしまう。

第8章

  • 売上成長率を分析する際には、為替の変動、合併・買収、会計方針の変更を考慮する必要がある。
  • 売上成長率を分解するには「売上高=売上高/単位×単位」
  • EBITAの支払利息に対する比率は、減価償却中の設備を更新する前提で、利息返済する能力を測る。EBITDAの支払利息に対する比率は純利益と設備更新のための減価償却費両方を充当した場合の短期借入金返済能力を測る。

第9章

  • 業績が安定するまでの機関は各年キャッシュフローの予測が必要。業績が安定するとは以下の状態を指す
    1. 成長率が一定。毎年営業利益の一定割合を事業に再投資
    2. 既存と新規両方の投資に対するリターンが一定
  • 余剰現金、短期借入金、長期借入金、新規有利子負債、利益剰余金以外の資本 の5項目をプラグと呼ぶ。これらを組み合わせて貸借対照表をバランスさせる。

第10章

  • 継続価値の算定にあたり、競争優位にある期間、言い換えると通常以上のリターンを得ている期間については、各年のキャッシュフローを予測したほうがよいとする考え方がある。これは、企業が一定期間は資本コストを上回る収益を上げ、その後投下資産に対する収益率が資本コストの水準まで減少するという原理に基づいている。
  • 継続価値は大きい割には不透明なので、アナリストは過度に保守的になりがちである。将来の業績を控えめに予測しすぎるのは不透明さに対する過剰反応といえる。

第11章

  • WACCの要件
    1. 営業FCFはすべての資金提供者に帰属するため、各投資家のリスクに応じた機会費用をすべて反映する
    2. 各資金提供者が合理的に求めるリターンを、目標とする有利子負債/株主資本比率で加重平均、その際時価ベースでDE比率を算定
    3. 営業FCFに含まれてない利益やコスト(tax shieldなど)が存在する場合、資本コストに含めるか個別に評価する
    4. 営業FCFは税引後ベースで表されるので、資本コストも税引後ベースとする
    5. 営業FCFを予測する際のインフレーションは同じ数値を利用する
    6. 資本コスト推定のために用いた証券のデュレーションは、FCのデュレーションと同じでなければならない
  • 各々のキャッシュフローを満期が同じ国債の利回りで割り引くのが理想的。簡略化のために、評価対象のCF全体の流れに最もマッチする一種類の国債を選び、単一の最終利回りで割り引く
  • 一般的に将来短期金利が上昇すると予想される場合、長期債の金利は高くなる。短期債の利回りをリスクフリーレートとして使うと、短期債が満期をむかえたときに、債券投資家がより高い金利で再投資する事実を見落としてしまう
  • ベータの推定プロセスには判断が必要となってくる。より適正な結果を得るために、将来の経済下においてその産業がどのように動くのかについても検討する。次に業界内の類似企業のベータと比較・調整することで推定の精度を上げる。
  • 日次や週次のベータを用いた場合に特に問題になるのは当該株式の取引頻度が低い場合。流動性の低い株式のリターンはゼロとなることは多いが、それは株価が一定だからではなく、取引が無いからである。2つ目の問題は、オファーとビッドの差に関わるもの。株価は最新の取引価格であるため、最後の取引が買いか、売りかで変わってくる。本来価値が変化しなくてもオファーとビッドの間を行き来することになり、長期のリターンを用いることでこの歪みは緩和される。
  • 各国市場のインデックスを用いると、限られた2,3の業界の比重が非常に高いことが多いため、市場全体でのシステマティックリスクではなく、特定の業界の変動に対する相関性を測ることになってしまう。
  • CAPMへの反対意見として、ファーマ−フレンチの3ファクターモデルが挙げられる。株式のリターンは、企業の規模とは負の相関があり、株式の簿価/時価比率とは正の相関があるという結論を出した。このモデルでは株式の超過リターンを市場の超過リターン、大型株に対する小型株の超過リターン、簿価/時価比率の低い株式に対する簿価/時価比率の高い株式の余剰リターンとそれぞれ回帰させる。

第14章

  • マルチプルを使う際の留意点
    1. 有利子負債・資本構成の違いや一時的な損益の影響を除くため、株主価値ではなく、企業価値のEBITAマルチプルを使う
    2. 分母となる利益と分子となる企業価値を同じ資本で計算する(余剰資金を価値から差し引いた場合は、利子を利益から差し引く)
    3. 比較対象にはROICと長期的な成長率の予測値が近い企業を選ぶ
  • PERの欠点は、有利子負債/資本構成によって変わってしまうこと、純利益には事業以外の損益が含まれること。償却や減損といった事業外の損失の影響を受けてしまう。
  • EBITよりもEBITAを使うべきであるのは、償却が過去の買収から発生する会計の人工的な数値であり、将来的なキャッシュフローとは結びついていないため。
  • EBITDAではなくEBITAを使うべきであるのは、減価償却費は資産を更新する際に必要な将来の資本をとっておくことと等しく、設備投資を考慮すべきであるため。
  • 将来予測の利益を使うべきであるのは、事業価値は将来キャッシュフローの現在価値という価値評価の原則と一致させることができ、さらに、将来の業績予測は正規化されているため、一時的なコストを除いた長期的なキャッシュフローを反映するため。

第15章

  • 市場全体としての過去45年にわたる企業価値評価の水準と過去200年にわたる株式リターンは、経済成長、インフレ、そして企業の資本収益率という実体経済の長期的パフォーマンスとおおむね整合している。
  • ROICと資本コストを上回るリターンを生む前提での成長率が高いほど、株式市場において高いPERあるいは企業価値/投下資本比率を通じて評価され、長期的には株主に対する高いリターンを生み出している。